初詣

お正月の風物詩となっている初詣ですが、初詣の意味と歴史を聞く機会や知ろうとすることはほとんどありません。そこで、筆者が初詣とは、どんな意味と歴史があるのか話してみましょう。

 

 

 

初詣の元の意味とは

 

初詣は実際はどういう意味なのかですが、初詣はその家の長が行うもので、家長と呼ばれる人が神社やお寺に行っていたのです。

 

家長というのは普通に考えて家族の中のお父さん、父親となります。父親が正月に神社やお寺へ祈願に行くのですから、家族の安全を祈っていたと考えられます。

 

また、去年は家族が無事に過ごせたお礼を神様に言いに行っていたことも考えられます。

 

そのため、初詣の元の意味は家族の安全を感謝して、そして祈願するものだったと言えます。現在の初詣は個人がバラバラに祈願をするようになっていますが、始まりは家族のことを考えたものだったのです。

 

初詣の歴史は古くて新しい

 

実は源頼朝が初めて行ったという説があります。そうなると、初詣の歴史はかなり古いことになります。源頼朝が生きていた時代を考えると、900年ぐらい前に始まったことになります。

 

しかしその時は、初詣という呼び方はしていません。年籠り(としごもり)と呼ばれていました。初詣という言葉で呼ばれるようになるのは、そんなに昔ではない明治時代からだとされています。

 

俳句の季語で初詣が登場したのが明治時代の終わり頃とされています。

 

初詣の歴史は900年ぐらい前からありますが、初詣の言葉自体が使われ出したのは明治時代となっていますので、初詣は古くて新しいものだと考えられます。

 

とはいえ、初めは年籠りという呼ばれ方でしたが、それだと初詣と意味がかなり違うように聞こえます。篭るということですが、実際に神社やお寺に籠っていたのです。

 

今の初詣のやり方とはかなり違います。

 

昔の時代は当然ながら時計がありませんので、日が暮れたらその日が終わるということになっていました。そして、日が暮れて夜になったら日付が変わるという習慣になっていたようです。

 

時計がありませんから夜の12時を確かめる方法がなかったわけです。そうなると現在の元日となる瞬間は、大晦日の夜ということになり、そこで年籠りが行われていたのです。

 

大晦日の夜から家長が神社や寺に籠り、次の日の元日の朝まで過ごしていたのです。今と比べると随分長い時間をかけていたことになります。

 

昔の夜は電灯がなくて真っ暗ですから、そんな時に家族総出で参拝するのは現実的ではありません。

 

そのような年籠りは、明治時代になってから現在の形態に変わります。明治時代は鉄道が開通した時期になりますが、なんとその鉄道会社がお客さんを獲得するために初詣を宣伝したそうです。

 

鉄道の開通により、明治神宮などの有名な神社への交通アクセスが容易になったので、初詣をするという宣伝が行われたのです。

 

初詣の意味と歴史まとめ

 

初詣に鉄道会社が関わっていたのは意外でしたが、こうしたことがあり今の形が出来上がりました。年籠りというのもあり、意外性のある意味と歴史のように感じます。

 

そうだ!来年の初詣、電車で行こう!!

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